2017年11月23日

東海道本線 さくら夙川・芦屋間西守具踏切




かっての西国街道跡と推定される地点です。墓地がありかっての撮影ポイントとして知られていました。松やその他の樹木が伐採され壁面工事が実施されすっきりしたアングルとして期待できるようです。


2017年11月22日

芦屋鉄道紀行 芦屋駅  EF200




久しぶりの鉄道画像です。散策の際に駅に立ち寄りました際に見かけなくなったEF200形と遭遇して撮影することがてきました。
EF210-1も続いて通過しそれなりに楽しむことができました。

2017年11月21日

京都の紅葉 紅葉する酬恩庵 一休寺







さほど広くない境内ですが境内をあまねく散策して紅葉の本堂と開山堂と境内を参観する人の途切れるーのを待ちつづけては撮影を楽しんだひとときは秋の爽やかな時間帯でもあり至福の時間でした。待ち時間に削除しつつ楽しむことができました。

2017年11月20日

京都の紅葉 京田辺酬恩庵一休寺 






久し振りの酬恩庵でした。かねてから計画しつつ実現できなかった紅葉の時期に参拝することが出来ました。まず境内をゆっくりアングルを求めて散策しつつシャッターを押す瞬間を待ち続けました。それほど人も多くなくしばしの時間でしたが移動しては待ち続けました。マナーのない者が数少ないことは幸いなことでした。
御前は逆光となりますが今年はじめての境内の紅葉を楽しむことが出来ました。





2017年11月19日

京都の紅葉 京田辺 酬恩庵一休寺








京田辺の名刹酬恩庵の紅葉です。京都からも遠く観光客も比較的少なく静かに参詣することができます。一休禅師について調べ足跡を同人誌に解体ことがありますが能に茶道にそして漢詩狂雲集は尋常一様でない。詩の型式をとる形で創作されています。つかみきれない人間の生き方が存在していました。
一休さんは、自らを風狂の狂客とし、遊女街などの歓楽街を徘徊したが、人々は常識を超然した姿を一種畏敬の念を持って観ていた。五山のいわゆる官学に対してではなく、庶民や茶人・連歌師たちに大きな影響与えています。
大徳寺が享徳2年(1453年)の火災と応仁の乱(1467–77年)で当初の伽藍を焼失したが、一休宗純が堺の豪商らの協力を得て復興させるという政治力もある僧でした。小説の主人公としては作家は取り上げる人は少なく水上勉以外はありません。方丈には等身大の木像が祭られていますが拝観しても偉大な人だったと思いつつ対面しています。
今年も紅葉の名所でもあり晴天に誘われて撮影にでかけました。見頃てぜもありのんびり境内を散策しレンズをむけました。

2017年11月18日

東海道本線さくら夙川・芦屋駅間 紅葉





毎年楽しみに撮影を心かげていますが落葉したのか紅葉とは言い切れなかったのですが天候もよくレンズを向けて、守具川橋梁のそばに移動したのですが工事中でありあきらめ三脚ごと移動し夙川橋で通過する列車を楽しみました。

2017年11月17日

大和路戦 天王寺駅 103系




関西本線で運用されている103系です。阪堺電車撮影後関西線ホームで撮影したのですが、通勤で利用したことがあるのですが今では稀少価値となってしまったかっての車両です。懐かしさに惹かれレンズを向けました。

2017年11月16日

京都の紅葉 嵯峨野厭離庵





2015年11月30日撮影の厭離庵です。今年は紅葉が楽しめないようです。だが一度はでかけたてものです。
この年も鮮やかな景観でなかったためアングル探し求めた記憶があります。

2017年11月15日

東海道本線 さくら夙川・芦屋駅間



1874年(明治7年)開通し当時単線ですが水路の暗渠として使用され正式には東皿池拱渠ですが残っています。レンガ壁は塗装され照明もありかっての面影は形状は残っていますが現代は大谷道として使用されています。京阪神間では水路跡が「れじりマンボウ」と名付けられ各所に残っています。この道も人も単車も自転車も通行量は多くみられます。


2017年11月14日

東海道本線 さくら夙川・芦屋間





夙川と紅葉と撮影に出かけたのですがすでに散り果てたような状況でした。自然現象として仕方がないのですが昨今の異常気象にはついては予測ができないことが多々あります、異常気象についてはあれこれ解説されているようですが地球が誕生して46億年とのことで人の生命では計り知れないことがあるようです。そのような視点にもたってよく考えてほしいものです。